
ミケランジェロの「石にはすでに掘られるべき形がある」という逸話と「人間には至るべき運命がある」という発想を繋げるこの辺の話本当すこ。辿るべき運命が決められているのなら、やはり過程こそが重要なのだ… pic.twitter.com/5BYUkACxRt



麻薬中毒者に襲われる→麻薬売買でボスの地位を確立してた。
死体と思われて解剖される→ソルベを生きたままバラす(アニメだとチョコにやらせたが)
少女にビクつく→1人の少女を自分の都合で殺害しようとした。
ディアボロの犯した罪みんな返って来てますねぇ、
最初のOPの一番最初の映像でローリング・ストーンズのブチャラティが映ってるの発見したときはゾッとしたよね😖
画像は明るさ調整した冒頭シーン
ここから物語は始まった…
pic.twitter.com/WeS9C6IqTC C

このミケランジェロの彫刻、奴隷の彫刻なんだけど、それを模して一番最初のOPやっていたと言うのか…もう最初から眠れる奴隷の話を見ていたと言うのか…信じられないフラグ回収だぞ…本当にジョジョすげぇ… pic.twitter.com/2mOCFoekK9


これを最終話に持ってくるっていうのが本当に…苦しいくらい好きですね ある意味5部の七日間を全否定する問い掛けなわけですよ、『いまここで何も失わず、傷付かず、安楽のうちに死んでおけば』の問い掛けは。しかもここでブチャラティだけが死んでおけばアバッキオとナランチャは死なずに済んだわけで
エピローグ、ジョルノはローリングストーンズのことを知らず、ミスタはブチャがすでに死んでいたことや、ジョルノとブチャの共犯関係を知らず、情報の不均衡ゆえにそれぞれが「ジョルノとブチャラティが出会う」事が決定された全ての起点だということに気づけてないんだよな
ジョジョ5部の最終回がローリングストーンズな理由が
「"運命" が5部のテーマだったから。恵まれた血筋も環境もないギャングの少年たちが正義を貫き、運命に抗う精神、その "過程" を描きたかった」(だからボスのディアボロは対称的な "結果" だけを選ぶ能力だった)
っていうの渋すぎるよね……
4部ではバイツァ・ダストの定めた”運命”に打ち克つ。
5部ではローリング・ストーンズの定めた”運命”に抗う。
どっちも運命を変えようとする人間の強い意思の物語なんだけど、5部はあくまで「人は運命を乗り越えられない」と定義した上で、「運命に至るまでの意思」に意味を与えたのが尊い。
【キャスト情報解禁】
— TVアニメ『ジョジョの奇妙な冒険』公式 (@anime_jojo) 2019年7月28日
スコリッピ:野島健児 pic.twitter.com/kEspyTU2Lj
【「ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風」O.S.T Vol.3 Finale 8月14日(水)発売!!】
— TVアニメ『ジョジョの奇妙な冒険』公式 (@anime_jojo) 2019年7月28日
ジャケット写真解禁!!「裏切り者のレクイエム Diavolo Ver.」、また第38話にて解禁となった「裏切り者のレクイエム Giorno Ver.」を含む全28曲を収録!!
詳細⇒https://t.co/J4TiDuxO5L pic.twitter.com/eSlvRsWhHT












































































































































































